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(no subject)07
ドクターとカシアン


 「あー!また残してる」
 晴れた日の昼下がり、部屋に入ってきたカシアンはジザベルを(というより、ジザベルの目の前にある皿を)指差してそういった。
 ジザベルはフォークを口に加えたままもごもごと呟く。
 「……別に残しているわけじゃあ……」
 「言い訳すんなって」
 カシアンは向かいに腰をおろすと、「お茶いいですかい?」といって、ジザベルの返答も待たずにティー・ポットに手をのばした。自身の昼食は既にどこかですませたのだろう。ジザベルが食事をするのを、カシアンはぼんやりと眺めていた。それは外見相応の表情で、何にでも興味を持つ子供のようだった。仕事から離れると、カシアンはよくこんな表情をする。
 「俺が思うに、ドクターがそんな女みたいに細っこいのはさぁ、食べないからだな。後、血圧低いのも」
 「――……食べていますよ。君だって見ているでしょう?今だって食べています」
 「じゃあ内容のせいだ」
 別に食べていないわけではない。
 積極的に食べることはしないが、最低限必要なものは食べることにしている。生きるためには食べなくてはいけないから(別段、生きたいと思うようなこともなかったが、中に姉二人の臓器があると思うとそれを動かし続けなければとは思った)。
 「ドクターって菜食主義者?」
 「いえ、そういうわけでは」
 「だよな。卵と牛乳は平気だし」
 今だって、パンケーキを黙々と胃の中に処分している。卵は無精卵で、牛乳は牛を犠牲にしてできているわけではないからか、他の食べものに比べると嫌悪感は少ない。
 「もっと肉とか魚とか食ってみれば?アレルギーがあるわけでもないんだろ?」
 「ごめんこうむります」
 「即答かよ」
 なんでまた?とカシアンは訊いた。
 まさか馬鹿正直に、「子供の頃友達を食べてしまったから」などということもできない。適当なことをいって誤魔化してしまうことは簡単だったが、ジザベルはしなかった。何となく、カシアンに嘘をつきたくはなかったから。
 仕方なしに、ジザベルは、アレルギーはないが、似たようなものだ。身体が受け付けない。とだけ答えた。
 本当のことではないが、あながち嘘でもない。
 納得したのかしないのか、カシアンは「そりゃあ仕方ねぇな」とだけいった。
 「それにしても、あんた、本当に不味そうにもの食うのな」
 「これが普通です」
 「嫌いなのかい、それ?」
 「別に」
 半ばヤケクソ気味にジザベルはパンケーキをフォークで突き刺して口の中に放り込んだ。これ以上会話をしていたらボロが出そうだ。
 「あ、じゃあさ、好きなものは?それだったらもう少し食えるだろ?」
 「いえ、特別好きなものもないです」
 「なあ、ドクター。頼むからちょっとくらい考えてくれませんかい?」
 考えろといわれても。
 それは無理な相談だ。そもそもできる限りものを口にしたくないのだから。“美味しい”だとか“不味い”だとかいう感覚すらもうよくわからない。
 「君は何でもよく食べますよね」
 ただ機械的にものを食べるジザベルと違って、カシアンは食べることが好きなようだった。
 いつも、何でも、美味しそうによく食べる。
 「――貴方こそ、ないんですか?」
 「何が?」
 「好きなもの、嫌いなもの」
 食べるという行為に対する嫌悪感は消えないけれど。
 彼が何を好きで、何が嫌いかということくらいは知っておきたかった。
 「好き……好き、ねぇ……」
 カシアンは少し困ったように視線を宙にさまよわせる。
 「ないんですか?」
 「んー……」
 突然訊かれても思いつかないようだ。珍しく難しい表情をして考えこんでいる。
 ジザベルは苦笑した。
 それなら、カシアンだって他人のことをいえないではないか。
 ジザベルがそう返そうとすると、カシアンが口を開いた。
 「――……あったかいものは好きだな」
 「は?」
 「ん、だからさ、あったかいスープだったらあったかいまま、みたいなの」
 「それは食べものの好き嫌いではないのでは?」
 「そうかもな。まぁさ、多分、ゴミ箱漁ったり、他人のものかっぱらったりしないで食べられるんなら何でもいいんだ、俺」
 「……」
 此処にくる前のカシアンを、ジザベルは知らない。
 ただ、この子供の身体でたった独りで生きていくことがどれだけ大変かということを想像することは容易だった(もっとも、想像することしかできないのだが)。
 その彼にこんなふうにいわれたら、何も返せないではないか。
 ジザベルは眉一つ動かさずにフォークをパンケーキに突き刺した。皿の端にあった溶けたバターとメイプルシロップをつけると、何事もなかったかのようにそれに口をつける。最後の一切れだったそれを無理矢理口の中に押し込めると、皿の上はすっかり綺麗になった。
 「お、完食したな」
 カシアンは手を伸ばして、「えらいえらい」とジザベルの頭を撫でる。自分よりもはるかに小さな手のはずなのに、そうする彼の手はとても大きくてあたたかいと思う。
 口の中のパンケーキをなんとか咀嚼して飲み込むと、ジザベルは眉間に皺を寄せ、おもいっきり不機嫌そうな声を出した。
 「この歳で頭を撫でられても嬉しくありません」
 「え?もっと撫でて欲しいって?」
 「……お好きなように」
 口の中にはひたすらに甘い味が広がっていた。











END









ひたすらドクターを甘やかすカシアンを書こうと思ったんですが、全然甘やかさないまま終わりました。


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