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(no subject)04
2011.05.29 Sunday
ドクターとカシアン
「ったく――……あんた、本当に馬鹿だな」
背中の傷を手当てしながら、カシアンはそうこぼした。
大量に消毒液を染み込ませたガーゼを背中に押し当てて、ごしごしとこする。
「痛い。痛いですよ、カシアン」
「うるせぇ!文句があるなら親父にいえ!」
もっともだ。
再び背に鈍い痛みが走った。ジザベルは微かに眉を寄せる。背中も痛かったが寝台に押し付けられた胸も痛かった。
どうやら、カシアンは怒っているらしいが、何で怒っているのかがよくわからなかった。
怪我の手当てのせいだろうか。
アレの後部屋に戻ると、たまたま運悪くカシアンがいた。どうやら何かの報告にきたらしいが、ジザベルの真紅に染まった背を見ると、肝心のそれをほっぽりだして「馬鹿!」と一括し、「シャツを脱げ!」と無理矢理ひっぺがして、背中の傷の手当てを始めた。
また余計な仕事を増やして。
とでも思っているのだろうか。
「――……なんで、報告しないんですか?」
「あ?」
「報告すればいいじゃないですか」
今回も前回もその前もその前の前も――カシアンは上に何の報告もしていない。
ジザベルが何をしても、毎回何事もなかったかのように「万事何事もなく無事に終わりました」というだけだ(とはいえ、結局別経路から漏れてこうなるわけだが)。
「――……病人は黙ってろ」
「私は病気じゃありません」
最初はただの気まぐれだと思っていたが、ここまで続くとどうやらそうではないらしいとわかってくる。
『あんたを陥れてでも出世する』
そう豪語していたにも関わらず、何もしないことが不気味だった。もしかしたら、それ以上に何か大きな陰謀があるのかもしれないとさえ思えてくる。
「せっかく死刑執行人のそばにいるんです。チャンスでしょう?私の失態の一つ二つ報告すれば直ぐに出世できますよ」
「そうだな、これ以上ないくらいにチャンスだな」
「なら、」
「病人は黙ってろっていっただろう」
「全て見て知ってるんです。君なら簡単にできるでしょう?そうすれば、わざわざこんなことをする必要もなくなるんですよ」
何を、期待しているのだろう。
こんなに意固地になって詰め寄って。
何の答えが返ってきたって、どうせ何も変わらないのに。
裏切られることを、心のどこかで期待しているのだろうか。
ああ、やはり彼も他の奴らと同じなのだ。そう思って、落ち着きたいのかもしれない。
――否、そもそも裏切りの前提には信用が必要で。
最初からそんなもの自分達の間にはあるはずかないというのに。
「――……ドクター」
カシアンの声が聞こえた。その音には呆れたような響きが混じっている。
「あんた、本当に子供だな。図体だけいっちょまえになった、ただの子供だ」
そこで声が途切れたかと思うと、同時に深い溜息が一つ。
言い難そうに、ポツンと低く落とされた言葉が耳に届いた。
「監視されてるのか、心配されてるのかもわかんねえのかよ」
ごめんなさい。
と、いうことは結局できなかったけれど。
ジザベルはそこで大人しく口を噤んだ。
「――……そうそう。病人は大人しく治療されてりゃあいいんだよ」
そう言いながら、カシアンは再び手を動かし始める。
相変わらず、消毒液は傷付いた背に染みて痛んだけれど。
もう少し、この感覚が続けばいい。
そう思った。
END
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