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(no subject)02
カシアンとドクター。



 確か、何かの任務の帰りだったと思う。
 あの小憎たらしい伯爵もデカい陰謀も何も絡んでなかった、大したことのない任務だ。
 いつものように二人して出掛け、いつものようにさっさと片付けて、久しぶりにゆっくり休めそうだとか、そんなことを話していた。
 滅茶苦茶になった死体を前に笑いあうのもいつものこと。
 ただ、いつもと違っていたのは、あんたが気を抜いていたこと。
 それだけだ。
 視界の端で何かが動いたような気がして素早く視線を走らせると、死体だと思っていたものの一つが上体を起こして、銃を構えていた。その銃口は真っ直ぐにあんたの背に向いていた。
 危ない!と思ったときには、俺の身体は動いていた。目の前にいたあんたを横に突き飛ばすと、そのまま、袖に隠していたナイフを投げつけた。とっさに投げた割には(むしろ、こういうときのほうが腕が問われるのか)ナイフの狙いは正確で、そいつの眉間に深々と刺さり、死体だと思っていたものを今度こそ本当に死体にした。

 ***

 帰り道、いつにも増してあんたは不機嫌だった。もとから愛想なんてもんは欠片もないけれど、いつも以上に。
 怪我は?と訊くと、「ありません」と一言返ってきて、それっきり。
 部下に助けられたことが余程気に入らないのかなんなのか知らないが、現場を離れてから今まで一言も口をきいていない。
 何だか段々腹が立ってきて、俺はついあんたにつっかかってしまった。
 「あんたって本当にかわいくないのな」
 「――そりゃあどうも。男からかわいいだなんていわれたくありませんので」
 「ったく、これだよ……」
 助けがいのないやつ。
 そう毒づくと、あんたは露骨に眉をひそめた。
 「助けてほしいだなんていっていません」
 「そうだな。あんたは死にたがりだもんな」
 「……」
 「でも、こんなところであんなどこの誰かもわからねえ相手に殺されたかあねえだろう?」
 頼んでいない。
 あんたは不本意そうにそう呟いた。
 「頼むかよ、普通。こういうのはな、頼まれてやるもんじゃねえんだよ」
 「余計なお世話です」
 「あんたのことなんか知らねえよ。俺は嫌だね。あんなやつにあんたが殺されるのを見るのはまっぴらだ」
 そう言い放って、これでこの話は終いだというように俺がひらひらと手を振ると、あんたは俯いた。
 何故かとてもかなしそうに。
 その時の俺はまだあんたのことをよく知らなかったから、そんなあんたを見て、大方、部下に口で負けたのが悔しかったとでも思ったんだろう。
 しばらくして、あんたがぽつんと漏らした言葉にひどく驚いた記憶がある。
 「――……どうして、あんなことを?」
 「は?」
 口に出す気はなかったんだろう。あんたは、自分の言葉に自分で驚いたふうだった。
 しまった、とでもいうように視線を逸らして唇を噛む。
 「――ドクター、俺の仕事を忘れちゃいませんかね?」
 「私の補助でしょう。そんなことはわかっています」
 「だったら、」
 「でも、私がいなくなれば第二階級の椅子が一つ空きますよ。チャンスじゃないですか。君は私を陥れてでも出世したいんでしょう?自分でそう言っていたじゃないですか」
 俺はただ黙ってあんたの言うことを聴いていた。
 途中で口を挟んでもよかったんだが、今はただあんたが言いたいことを全部吐き出しちまうのを待つべきだ。そう思った。
 あのとき、あんたが何を言ったのかはよく覚えていない。あまりお上品ではない言葉で罵られたような気もする。普段のあんたからは考えられないような単語があんたの口から出たことに何故か感心したりもした。
 どれくらい経ったのか、何がどうなったのかもよくわからないが、気付けばあんたは泣いていて、俺はその肩を抱いていた。いや、泣き崩れるあんたを辛うじて支えていたっていった方が正しい。俺の身体ではあんたを抱きしめるなんてことは到底無理だったから。
 イイ歳した男に腕を回すことになるとは思わなかったが、不思議と違和感はなかった。あんたの見た目もあったんだろうけれど、それだけじゃない。
 目の前で泣いて震えている子供を、守りたいと――しあわせにしたいと、そう思った。
 「――……どうせ、離れていってしまうくせに」
 嗚咽まじりにそう呟く。
 その背を撫でながら、「ドクター」と、静かに俺は呼んだ。
 「そばにいるよ、ドクター。ずっとそばにいる」
 「……」
 「俺が信じられないかい?」
 図星だったのか、腕の中で微かにあんたは身を固くした。
 「――……それでも、最期まで一緒にいることは不可能でしょう」
 「それいっちゃあおしまいだぜ、ドクター」
 人間、産まれるときと死ぬときは誰だって一人だ。
 産まれる前と死んだ後がどんなんだかわからない以上、迂闊な約束はできない。
 だけど――
 「あんたが何をもって最期っていうのかわからないが、あんたが俺を必要としてくれる限り、ずっとあんたのそばにいる。いや、あんたが嫌だ、いらないっていったってそばにいる」
 俺はその手に少しだけ力をこめた。
 「約束する」
 俺がそういうと、あんたは戸惑いがちに顔を上げた。
 「……約束?」
 「ああ。自慢じゃないが、俺は約束は守る男だぞ」
 何なら指切りしてもいいぜ?と、冗談めかして小指を差し出すと、あんたはぎこちなく笑った。
 「約束、破ってばかりじゃないですか」
 「アホ。だから大事な約束は破らないんだよ」
 ふっと微笑いを漏らすと、あんたはするりと自らの小指をそこに絡める。
 「……」
 意外だった。
 あんたはこういう冗談にはのってこないと思っていたから。
 「――……なら、私もずっと君のそばにいることになりますね」
 「そうだな。まあ、無理しなくていいぜ」
 「え?」
 「あんたペテン師で嘘吐きだしな。あんたこそ、約束破るの得意だろ?」
 「……」
 「それに、俺が好きでやることにあんたまで付き合う必要はない」
 世の中、色んな奴らがいるんだ。イイ女もイイ男(はまあおいておいて)も、沢山いる。
 「これだけ人間がごろごろしてんだ。あんたをしあわせにしてくれる奴だって絶対にいるから。俺なんか必要ないっていえるくらい、しあわせになれよ」
 「……」
 守りますよ。
 あんたはぽつんとそういった。
 「私だって、そういう約束は守ります」
 守ります。と、半ば意地になったかのように繰り返す。
 ――本当に、子供だなあ。
 苦笑し、俺は「じゃあ、期待しないで待ってるよ」と返した。

 ずっとそばにいる。
 二人だけの約束。











END








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