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(no subject)09
カシアンとドクター。
08の続きです。




 ふいにカシアンは目を開いた。
 ぼんやりとした視界で天井を見つめる。今まで眠っていたのだと理解するのには少し時間がかかった。
 どのくらい眠ってしまったのだろう。時計がないからよくわからない(あっても、最後に時計をみた時間がわからないから意味がない、きっと)。
 ここのところ、任務を終えて部屋に帰ると、少しの仮眠をとって直ぐにまた次の任務に出掛けるという生活が続いていた。ろくな睡眠がとれていなかったせいか、一度眠ってしまったら起きられなかった。そもそも、眠る気などなかったのに。
 感覚からいってそれなりにまとまった時間眠ったのだろうに、疲れた身体はそれでもまだ睡眠を欲していた。
 カシアンは内心で舌打ちをすると身体の向きをかえる。
 ――……ドクターは……?
 ジザベルは『これが終わったら『月』まで持っていって下さい』といっていた。
 声を掛けられなかったということは、まだ終わっていないのか。もしかしたら、もうとっくに終わって自分で持っていってしまったのかもしれない。そうだとしたら大失敗だ。
 ジザベルは仕事と私生活を完全に分ける人間だ。それなりに知らない仲ではないとはいえ――だからこそ、仕事上のミスは許されない。
 ――やべえ。
 眠っていた脳が覚醒すると、カシアンは毛布をはねのけて飛び起きた。
 「すみません!寝ちまいました、ドク、ター……?」
 瞬間、目に飛び込んできたのは、上司の寝顔だった。
 すぐ隣で、触れられる距離でジザベルは静かに眠っていた。その表情はとても穏やかだ。何か良い夢でもみているのか、うっすらと微笑すら浮かべている。
 「……」
 どうなってるんだ?
 と、カシアンは声に出さずに呟いた。
 この上司が人前でこんなふうに無防備に眠るということがあまりにも“らしく”なく、一瞬、まだ夢の中にいるのではないかと錯覚した。
カシアンはジザベルにとっての“人”の勘定に入っていないのか何なのか、自身の前で彼は寛いだように振る舞うことが多々あったけれど(それを喜べばいいのか哀しめばいいのかよくわからなかった)。
 それにしても、だ。
 もしかしたらからかわれているのかもしれない。
こうやって寝たふりをしておいて、何か――例えば、部下としての素質か何かを試験しようとしているのかもしれなかった。
 だとしたら、このまま何もしないことは危険だった。
 「――……ドクター?」
 おそるおそるカシアンはそう呼んだ。
 「ドクター、あの……」
 呼びかけながら軽くその肩を揺すってみたが、それでジザベルが目を覚ますこともなかった。
 信じられないことだが、完全に眠っている。
 なんて珍しい。
 ――……いやまあ、ドクターだって人間なわけだし……一応。
 眠らない方が不自然なのだけれど。
 カシアンは小さく溜息をついた。
 改めてその寝顔を眺める。
 こうしてみると、本当に人間なのかと疑いたくなる。やわらかな表情で穏やかに眠る彼は、もとからの人間離れした整った容貌と相俟って、この世のものではないようだ。
 男相手にこういうのはのは癪だが、綺麗だと思う。
 姿形だけではなく、その存在そのものが。
 「……」
 ――眠ってりゃあかわいいのによ。
 口を開けば出てくるのは皮肉と嫌味ばかり。開いた瞳は周り全てを拒絶し、どこまでも暗く深い穴のようで。
 いつか、彼がこんなふうにずっと穏やかに微笑っていられるようになれば。そう思う。
 カシアンは、少し躊躇ったが、頬に流れ落ちていた灰銀の髪をそっと掬い、かけてやった。それでも、やはり起きる気配は欠片もない。
 さて、どうしたものか。
 あたたかくなってきたとはいえ、このままこんなところで眠っていたら風邪をひいてしまう。だからといって、こんな気持ち良さそうに眠っているのを起こしてしまうのも気が引ける。
 毛布の一枚でも持ってきてかけてやろうかと考え、ふと、そういえば自分は何故毛布をかけていたのだろうかと思いいたった。
 当然ながら、カシアンに毛布をかけた記憶はない。
 ――……もしかして、
 もしかしなくとも、カシアンでないならばそんなことが他にできる人間は一人しかいなかった。
 ――案外、損しがちなタイプだよな。
 普段の行いからどうしても冷たい印象が先行してしまうから、なかなか気付くことができない。
 不器用でわかりにくいだけで、彼のやさしさはずっとそこにあるのに。
 カシアンは苦笑し、毛布を広げると、ふんわりとジザベルにそれをかけてやった。そして自らもその隣に潜りこむ。
 目が覚めたときの彼の反応が楽しみだ。
 そんなことを考えながら、カシアンは再び瞳を閉じた。










END












4時過ぎ。
[月] 
「部下と懇意になさることは大変結構ですけどね。書類の提出期限は守っていただきたいものですね、ドクター」(書類が来ないので催促にきた)
催促にくるまで多分二人とも寝てると思う。

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