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(no subject)12

ドクターとカシアン。

※当時の英国では紳士の外出のお供にステッキは必需品だったそうです。
どのくらい必需品かというと、忘れたら同伴者(男であっても)と腕組んで歩くことで代用するくらいに必需品だったそうです。
中にはわざと忘れるひともいたとかいないとかいう都市伝説もあったりするらしいです。

とゆー前提のもとにお読みください。








 「ドクター、まだー?」
 カシアンが呼んだ。
 カシアンは椅子の背を抱え込むようにして反対向きにそこに腰掛け、退屈そうに慌ただしく部屋の中を行き来するジザベルを眺めている。
 「早くしないと遅れんぞ?」
 「すみません、もうすみますから……」
 カフリンクスを留めながら、ジザベルはカシアンに目を向ける。
 一瞬、そこに誰もいないような錯覚に陥り、無意識のうちに違う姿を探している自分に気付いた。
 「ドクター?」
 小さなあの姿はもうないのだと、充分すぎるほどにわかっているのに。ふとした瞬間に思い描くのはやはりあの時の彼なのだ。
 大丈夫、時間の問題だ。
 今の身体になって日が浅いから慣れていないだけだ。
 慣れれば、思考と現実も一致する。
 そう何度も自分にいいきかせてはいるけれど、そこに確かな根拠はない。
 彼が今の姿になったからといって――それがあの忌まわしい男の肉体であったとしても――それで彼への気持ちが揺らぐわけではない。
 そう思ってはいたし、実際、今の彼に対して抱いている想いに以前と変わりはなく、むしろ、日を追う毎にそれは強く大きなものになっていっているのだけれど。
 「ドクター?手が止まってる」
 「あ……すみません」
 「ったく……しょーがねぇなあ」
 と、カシアンは笑った。
 そうやって笑うと、ほんの少し小さな頃の顔に似ていると思う。
 DNAが同じなのだからそもそもの顔の造りが似ていたのか(あの胡散臭い髪を切って、シンプルな服装になった途端、前の持ち主の面影は微塵もなくなった)、それとも小さな頃の彼を追っているからそうみえるだけなのか、それはわからなかった。
 『薄皮一枚如きで』
 とはジザベル自身がよくいっていたことだけれど。
 いざ自分の身にそれが降りかかってみると、その薄皮一枚にこんなにも翻弄されている。
 なんだか、彼のことを何もみてはいなかった――愛してなどいなかったんだとつきつけられているような気がした。
 「ドクター?さっきからどうした?」
 「え?」
 「疲れてる?嫌なら出掛けるのはやめていいんだよ」
 これといって用事があったわけではないけれど。
 せっかくだから、歩けるようになったらどこかへ出掛けようと言い出したのはジザベルの方だ。ささやかでいいから、彼の回復を祝いたかったから。
 目的なんかなくてもいいから、此処から離れて、どこかへ。
 「機会は沢山あるんだからさ。ドクターがもっと元気なとき……はないな。とにかく、もっと落ち着いてからでも」
 「大丈夫ですよ、カシアン」
 「でも」
 「少し、考えごとをしていただけです。私は大丈夫」
 軽く頭を振って、ジザベルはその思考を追い出した。
 外套を羽織って、帽子を手に取ると扉へと向かう。その様子をみたカシアンは苦笑し、ジザベルの後に続いた――とはいえ、今やカシアンの方がそのコンパスは大きく、数歩といかずに追い抜かれてしまう。
 カシアンが扉を開けるのをぼんやりと眺め、ジザベルは「あ」と小さく呟いた。
 「どうした?」
 「すみません、ステッキを忘れて……」
 とってきます。
 と、引き返そうとするジザベルの腕をカシアンは掴んで、引き留めた。
 「カシアン?」
 「ドクター」
 ほんの少しだけ口角を上げて、にっと笑うと、カシアンはその腕を差し出した。
 「必要かい?」
 「……」
 見ているこちらが呆れそうになるようなその行動。
 彼以外の誰がやったところで鼻で笑ってしまうのだけれど。
 ――ああ、やはり彼にはかなわない。
 そう思う。
 ジザベルは躊躇いながらもその手をとった。
 「珍しい。素直じゃん」
 「――……とりにいくのが面倒なだけです」
 この手のあたたかさはかわらない。
 一番あたたかくて、何よりも大切なものだ。
 今までも、これからも。
 ああ、先程の思考なんて杞憂だったのだ。
 ――私が、彼を想っていて、
 彼も私を想っていてくれるのなら。
 それだけで充分で。
 そこにはもう愛だの何だのという言葉でしか表せないようなものはいらないのだ。
 「……じゃあ、今度からステッキを隠しておこうかな。そうしたらいつもドクターと腕組んで歩けるし……」
 カシアンがそう言い終わらないうちに、ジザベルはその掴んでいた腕を思い切り捻った。










END











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