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(no subject)11
2011.07.07 Thursday
ドクターとカシアン
Bloody Mariaのすぐあとをねつ造してみた。
Bloody Mariaのすぐあとをねつ造してみた。
壊すだけ壊して、泣くだけ泣いて。
そうしたら、どうやら泣きつかれて眠ってしまっていたらしい。
どのくらいの時間が経ったのか、目が覚めたらそこは床の上だった。
辺りには壊れたガラス瓶の破片、母や姉だったものの残骸が散乱していた。
つんと鼻の奥をつく臭いがする――ホルマリンだ。慣れた臭いのはずなのに、今はそれがとても不愉快だった。
改めて部屋の中を見渡し、ジザベルは「はあ」と溜息をつく。自分でやっておいてなんだが、ひどい有り様だった。よく大きな怪我をしなかったものだ。これをこれから片付けなくてはならないのかと思うと気が重い。
意外なことに、さほどショックは受けていなかった。
母や姉を失ったら、正気ではいられないと。自分を繋ぎとめていてくれる最後のものまで失ってしまうと、そう思っていたのに。
いざそうなってみると感慨も何もない。
強いていえば、億劫だった。
この期に及んで出てきた感情はそんなものだ。
あんなにも大事にしてきたのに――否、もしかしたら、大事にしていると思っていただけなのかもしれない。
結局、何かに縋りたかっただけで。でも、縋れるものも何もなくて。
物言わぬ母と姉達は、何も言わないからこそ、見守ってくれているとそう思いたかっただけだ。
――そんなこと、あるはずがないのに。
その証拠に、母も姉も一度も助けてはくれなかった。
助けくれなくてもいい。
そばにいてさえくれれば。
――否、それすらなくたってかまわなかった。
助けくれなくてもそばにいてくれなくてもかまわない。
一度でも、一瞬でもいいから、愛してくれさえすれば、それでよかった。
それだけなのに。
母も姉も、それすら与えてはくれなかった。
そんなものを今まで後生大事に抱えていたのかと思うと虚しくなる。
それでも、そんなものに縋るしかできない自分が。
ジザベルは再び溜息をつくと、灰銀の髪をかきあげる。髪に触れた瞬間、手のひらに鋭い痛みが走った。ガラス瓶を壊したときに破片で傷付けたのだろう。見れば、小さな裂傷が幾つもあった。
片付けよりも傷の手当てが先だろうか。
ぼんやりとそんなことを考える。
傷の手当てをして、部屋を片付けて――そこから先に思考が進まない。
とりあえず、目の前にあることから何とかしていくしかないだろう。先のことが何も見えない――先なんて見たくもない。
今は何も考えたくはなかった。
だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。
とりあえず、隣へ――この部屋から離れようと、扉へ視線をやり、違和感に気付いた。
その扉は微かにだが開いていた。
扉を閉めた記憶はある――否、あるような気がするだけだ。現に、扉はあいている。
きちんと閉めなかったのか、それとも、誰かが開けたのか。どちらにしろ最悪だ。この何時間かの様子が全て筒抜けだったことになる。
何て醜態を曝してしまったのだろう。
もし誰かに見られていたらと考えたら、気が気でなった。
――扉を、
開けなければ。開けて、外へ出なければ。
そう思うのに、足がその場から動かない。
開けて、外へ出て。
そうしたらどうなるのか。
外には何が待っているのか。
そんなものは決まっている。
扉の向こうに広がっているのは世界だ。
広い広い、外の世界。
狂気と憎悪にまみれた、残酷な現実の世界。
もしかしたら、と微かに抱いた希望ももう消えた。
彼は――先程の話をきいてしまっただろうから。
知れば、彼はきっと軽蔑して、離れていってしまう。
母や姉――父と、同じように。
今更他の誰に何を思われようと構わなかったが、彼に嫌われ――彼が離れていってしまうことには堪えられそうになかった。
だから彼に知られないようにずっと必死になって隠してきたのに。
ふっとジザベルは嘲った。
母や姉を亡くしたことよりも、彼を失くしたことの方が堪えるなんて。
彼を失わずにすむなら何だってする。そう思って、そうした結果がこのザマだ。何のためにあんな儀式を受けたのかももうよくわからない。
彼がいなければ、それすらも無意味なのに。
――否、これでよかったのかもしれない。
これでもう、これ以上、彼を巻きこむこともない。
気狂いじみた茶番に彼は充分すぎるほどに付き合ってくれた。
今度は此方から返さなければ。
彼がくれたかけがえのないものには程遠いけれど。ほんの少しでもいいから、彼のためにできることがしたかった。
――それすら、私のエゴなんだ。
彼が頼んだわけではない(むしろ、勝手にやれば彼はジザベルを恨むだろう)。
ただ、ジザベルがそうしたいからというだけ。
エゴでもいい。
そのためならば、何だって耐えられる。他の人間がどれだけ傷付こうが、命を落とそうがかまわない。
――だから、
こんなところで立ち止まっている場合ではない。
そう腹を括ったところで恐怖が消えるわけではないけれど。
それでも、踏ん切りだけはついた。
怯える足を叱咤して、なんとか扉まで辿りつく。ジザベルは恐る恐るドアノブに手をかけた。ほんの少し力を入れて扉を引く。うっすらと開いた扉から出た瞬間、ジザベルはその場で足を止めた。
「!」
心臓が、止まるかと思った。
思わず扉から手を離し、手から離れた扉が背後でパタンと閉まる音をどこか遠くの出来事のようにきいていた。
ジザベルは足元を見つめる。
そこには彼が――扉のすぐ外では、カシアンがうずくまっていた。
カシアンは膝を抱えて、小さな身体を更に小さく丸めて、そこに顔を埋めている。何があったのかは知らないけれど、ジザベルが部屋から出てきたことにも気付かないのか、顔をあげようともしない。具合が悪い、ようにはみえない。おそらく、眠っているのだろう。
常々、よくどこでも眠れるものだと思っていたが、ここまでくると呆れを通り越して、尊敬する。
――起こすべきだろうか。
ジザベルは躊躇った。
目を覚ましたカシアンはどのような反応をするだろう。
『すみません、ドクター!寝ちまいました!』
こんなときはいつも決まって、カシアンは慌てて顔をあげると、早口でまくしたて、頭を下げた。
そして、
『それで、次はどうするんですか、ドクター?』
ジザベルは苦笑した。
そう訊く彼はもういないのに。
未だに期待している自分の女々しさが嫌になる。
目を覚ました彼に蔑むような瞳で見られるのかと思うと、このまま逃げ出してしまったほうが良いような気がした。
そんなことを考えている間に、カシアンは目を覚ました。
微かに身じろぎをしたかと思うと、はっとしたように顔を上げる。すぐそばにいたジザベルをみとめると、カシアンは慌てたように口を開いた。
「すみません、ドクター!寝ちまいました!」
それは、今までと何ら変わりのないもので。
ジザベルは何も返せず、ただ驚いたようにカシアンを見つめた。
「――……カシアン、あの」
「ああ!手!」
「は?」
「手だよ、手!ドクター、あんたその手何やったんだよ!?」
傷めないよう、カシアンはそっとジザベルの手をとった。こうして改めて見てみると、本当に傷だらけだ。
「ああ、もう!外科医が手怪我してどうすんだよ!馬鹿!!」
「はあ……」
「『はあ』じゃねぇよ!大丈夫なのか?ちゃんと治るよな?」
「ええ、まあ……見た目ほど酷いものではありませんから」
「そうか。よかった……」
そういい、カシアンは目を細める。
「――……カシアン」
「ん?」
いつからここにいたのか。
そう訊こうと思ったが、それは愚問だった。
――私が
扉を開けさえすれば。
「……君は、ずっとそこにいてくれたんですね」
きこえないように、小さく呟く。
「ドクター?」
「なんでもありません」
カシアンはよくわからないといったように首を傾げたが、すぐに肩を竦めると、いつものように口を開いた。
「それで、次はどうするんですか、ドクター?」
「……」
「俺としては、その手を何とかすることをすすめるね」
いつもと何ら変わらない声。
カシアンはジザベルの手を一瞥すると、そういった。
「――……じゃあ、手の傷の手当てをして、部屋を片付けます」
「了解」
「手伝ってくれますか?」
「きくなよ」
さも当然。というようにカシアンは笑った。
つられて、ジザベルもほんの少しだけ、笑った。
END
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