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(no subject)10
カシアンとドクター。





 「悪趣味」
 その部屋に初めて入ったとき、カシアンはそう言った。
 「ドクター、あんた本当に趣味悪いですぜ」
 「他人の趣味にケチつけないでください」
 「いいや。はっきりいわせてもらうね。悪いもんは悪い」
 「――……ほっといてください」
 カシアンがきっぱりと言い切ったせいか、ジザベルは拗ねたようにふいと顔を背けた。
 呆けたようにカシアンは部屋中を見回す。8畳、否10畳程の部屋だ。
 書き物机と、小さなソファとテーブル。人骨の模型があるのが気になるが、医者というジザベルの職業を考えたらそれも不思議ではない。許容範囲だ。
 しかし、棚に綺麗に陳列された彼秘蔵の蒐集品の数々はカシアンの理解の範疇を越えていた。
 薄紅に妖しく光るそれをジザベルは美しいとよくいっていたが、その美的感覚は永遠にわかれそうにない。
 「四六時中こんなもん眺めてて楽しいか?」
 「それなりに」
 「具体的には?」
 「ききたいんですか?」
 「……止めておく」
 なんだかとんでもないこたえがかえってきそうで怖かった。
 ただでさえよろしくない印象の上司だ。わざわざこれ以上悪くしなくてもいいだろう。
 「――……綺麗な人間はね、中身も綺麗なんですよ。それだけです」
 ジザベルはそういうと肩を竦めた。
 ジザベルの『綺麗』は容姿の良し悪しを指しているのではないだろう。だが、何をもって彼が『綺麗』というのかは想像もつかない。
 「……わっかんねぇ」
 とカシアンがぽつんと呟いた。
 好き好んで物言わぬ臓器を手元におく理由がわからない。
 「ちょっと前まで動いて会話してた人間かと思うとぞっとすんね」
 「そうですか?」
 ジザベルは苦笑した。
 「人間相手にするよりずっといいですよ」
 「……」
 その物言いにむっとした。
 嫌味でもなんでもなく、彼が心底そう思っているだろうことが悔しかった。
 「――俺より?」
 「は?」
 悪戯っ子がするように瞳をめぐらせ、カシアンはジザベルの瞳を見上げる。紫水晶の瞳が微かに揺れるのが見えた。
 「俺だって人間だよ、ドクター。俺といるより臓器と一緒にいるほうがいい?」
 追い詰めるように距離を縮めると、ジザベルは慌てたように視線を逸らす。
 「ドクター」
 もう一度そう呼ぶと、ジザベルは逃げるようにするりとカシアンの脇をすり抜けて、戸口へと向かってしまった。
 本当に、かわいくないやつだ。
 一言くらい何か返してくれたっていいじゃないか。
 その背に向けて、カシアンが口に出さずに悪態をついていると、ジザベルはふとその足を止めた。
 振り返ることもせずに、ぽつんと呟く。
 「……君が死んだら、蒐集品に加えてあげますよ」
 君は特別ですから。
 と、残して、ジザベルは部屋を出て行ってしまった。
 パタン、と音を立てて扉が閉まる。
 「……うれしくねぇっての」
 死んだ後の内臓の話などされて喜ぶ人間はいない。
 やっぱり、あの上司はちょっと――いや、かなりヘンだ。
 カシアンは深く溜息をつくと、閉まった扉に手をかけた。
 変人の部下は変人の部下らしく、その務めを果たさなければならない。


 ――それが、あの問への彼なりのこたえだと気付いたのは、随分後になってのことだった。












END










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