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(no subject)18
ドクターとカシアン

カシジザっていうよりかぎりなくジザカシ。
リバっぽいものが苦手な方、デレてるドクターが苦手な方は注意。



 「ドクター」
 呼ばれ、椅子越しに振り返ると、目の前に書類の束が突きつけられた。薄めの帳面一冊分くらいはあるだろうか。いつもの提出書類にしては随分量がある。
 「何ですか、これは?」
 怪訝そうにジザベルはカシアンを見上げる。普段から愛想のいい方ではない部下は(そのくせ、他の第三階級や往診先の子供にはやたらにこにこしているのだ。気に入らない)、今日は一段と愛想がなかった。きゅっと唇を引き結び、何か言いたいことでもあるのか、アーモンドの形をした大きな瞳でジザベルをじっと見つめてくる。
 「カシアン?」
 「この間の件の報告書です」
 「ああ」
 少し前に手掛けた件は何かと面倒だった。それならばこんなに嵩んでも仕方がないだろう。
 「わかりました」とジザベルは頷き、書類を受け取ろうと手をのばす。カシアンは直ぐには渡さず、相変わらずジザベルの瞳をじっと見つめたまま、「ドクター」といった。
 「ドクター、この間の、俺、すごくがんばったんですけど」
 「はあ……」
 「すっごく、すっっっごくがんばったんですけど」
 「ああ、まあ、そうですけど。仕事でしょう?」
 ジザベルが返すと、カシアンは眉間に皺を寄せ、ジザベルを睨む。
 地雷だったかもしれない。
 ジザベルはきまりが悪そうに視線を逸らした。
 確かに、仕事は仕事なのだけれど、カシアンががんばった――というか、ひたすら苦労したというか――のは事実で。下準備の段階から仕上げまで、殆ど休む間もなく任務にあたっていたのをジザベルは知っている。途中ずっと、倒れやしないかと心配していたし、無事に仕事が終わった後は感謝もしていた(もっとも、口や態度には決してださなかったけれど)。
 少しくらい労ってやった方がいい――否、否労るべきだ。
 そうわかってはいたけれど、今までジザベルがどんなに何かをがんばったところで、誰からも何もされたことがないのでどうしたらいいのかわからない。
 とりあえず、無難に「そうですね。おつかれさまでした」とジザベルは言った。
 「それだけですかい?」
 「……ありがとうございます」
 カシアンはまだ不満そうに此方を睨んでくる。
 ジザベルも、カシアンがとってつけたような言葉で納得するとは思わなかったが、他にどうしようもなかった。
 さて、どうしたものか。と、ジザベルが内心で考えこんでいると、カシアンは再び「ドクター」といった。
 「――休暇や特別手当てが欲しいなら、上に掛け合ってもいいですよ?」
 「はあ?何だそれ?」
 「……」
 ジザベルとしては精一杯、カシアンの言いたいことを察してこたえたつもりなのだけれど、どうやら全くの見当外れだったようだ。『何だそれ』扱いされてしまって少し悲しい。
 「まあ、くれるっていうなら貰いますがね」
 と、カシアンは呟く。
 「どうせ貰うならもっといいものがいいんですけど」
 「――……例えば?」
 他にカシアンが望むようなものなんて思いつかない。
 強いていえば、『大人の身体』か。
 できるだけのことはしたいと思うけれど、『その身体をください』とかいわれたらさすがにぞっとする。
 「――――じゃあ、いいですね、ドクター」
 「え、あ、はい?」
 ぼんやりと考え事をしていたから反応が遅れ、そう応えたときには、すぐ目の前にカシアンの顔があった。吸い込まれそうなくらいに澄んだ瞳が綺麗だなと、場違いなことを思った。ジザベルが状況を理解する前に、カシアンは口唇をそっとジザベルのそれへと寄せてくる。
 ジザベルは反射的にそれを突き飛ばした。予期せぬ出来事に小さな身体はバランスを崩し、そのまま後ろへと転がる。
 「ってぇ。何すんだよ!」
 「こっちの台詞です!何考えてるんですか、あなたは……」
 顔が、熱い。
 心拍数が跳ね上がる。鼓動の音がカシアンに聞こえてしまわないかが心配だった。まともにカシアンの顔が見られない。
 「何考えてるって、あんたなぁ、ドクター……。ドクターが『はい』っていったんでしょうが」
 「え?」
 「だから!さっき!」
 「さっき……?」
 そりゃあ、いいはしたけれど。
 「『キスしてもいいか?』ってきいたら、あんた『はい』っていっただろ!?」
 そんな内容だったのか。
 「……聞いていませんでした」
 「あんたってそういうヤツだよな」
 カシアンはぶつぶつと文句をいいながら立ち上がると、ジザベルの方を振り向きもせずに、そのまま、扉へと向かう。
 「――……あの、カシアン」
 「あ?」
 「こんな顔してますけど、男ですよ、私」
 「知ってる」
 「正気ですか?どこか具合の悪いところは?」
 「生憎、いつだって俺は正気です。ひとを病気扱いすんなっての」
 「――……理解できません」
 「して欲しいとも思わねえよ」
 もういいって。と言いながら、カシアンは払うように手を振った。
 「もういいから、何もいうな」
 「でも」
 「いいって。忘れろ。俺は何も言ってないし、あんたも何も聞いてない。これでいいだろ?」
 「……」
 勝手過ぎる。
 ひとの気も知らないで。
 その言葉の、行動の一つ一つにどれだけジザベルが振り回されているのか、カシアンは知らない。
 今だって、彼は簡単になかったことにしてしまおうとしているけれど、ジザベルはそれを望んでいるわけではないのに。
 そこまで考えると、段々腹がたってきた。「カシアン」と静かに呼ぶと、席を立ち、ジザベルは距離を詰める。屈んで同じ目線の高さになると、相手が何かをいう前に、小さな頭を引き寄せて、自らその唇に口付けた。
 「っ!?」
 慌てて胸を叩いてくる小さな拳を捕まえ、暴れる身体を封じ込める。
 どのくらいそうしていたのか。長い間深くしていた気もするけれど、案外、そんなに長くはしていないのかもしれない。どちらにしろ、離れるときにもう少ししていたいと思ったのだけは確かだ。
 「……これでいいですか?」
 「ばっ……!」
 焦ったような困ったような、普段滅多に見せない表情が何だかおかしい。
 「馬鹿!襲うぞ、てめぇ!!」
 顔を赤くして、精一杯そう叫ぶ姿を愛しいと思う。
 もっと考えて欲しい。
 いつだって、ジザベルのことを考えていて欲しい。余裕がなくなるくらいに。
 ジザベルがカシアンにそうなように。同じくらい。
 「やれるもんならやってみなさい」
 と、からかうようにジザベルは微笑った。









END




ドクターの襲い受けを目指したんですが……そこまでいかなかったというか、むしろカシアンが襲い受けというか……。
いやでも、私はカシジザだといいたい気もするんですが、もうどっちでもいいです。

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